歩くことが、引退者の仕事。

同胞たちよ!
“くたばる”のは、まだまだ先の話。TVの前からさっさと離れ本をも閉じ、外に出る。が、深夜の一人歩きは徘徊と取り間違えられ面倒、ご注意あれ。
歩きは、老いたる者の務め。
“週に2日6000〜8000歩、歩くと“60歳を超えた者も7年後の死亡率がぐっと低くなる”。だが、それが毎日となると飽き面倒くさくなるというもの。

そこで、工夫をこらす。
先ず、心弾む道を選ぶ。
我が家の近辺は散歩の道に事欠かない。私は、屋敷街、公園、繁華街、学校校庭、ホテルの庭園をと、日毎に違えて歩く。

そうした散歩にも飽きれば、ゴルフに出かける。
カートに乗る友たちを横目に、あちこちと散らばり飛ぶボールを追いかけ一人走り歩く。
私の一番のお勧めは旅に出ることである。私は、月に一度は車での一人旅に出て、旅先で歩く。
“あらゆる旅は、その速さに比例してつまらなくなる”との戒めに従い、早々に高速道路から離れ未だ見知らぬ街を歩く。

そうした街の外れには、決まって、可憐な秋桜を咲かせている畦道が広がっている。その畦道での散歩を楽しみ、その畦道の先に生活が詰まった街を見つけ、その街も歩いてみる。

そうした宵は、その里に宿をとり宿が用意する夕食を丁寧に断り、宿から飛び出し、宿裏の暗い路地奥での灯りを見つけ出し、地元の人たちと地酒を飲み明かす。

アリストレスは「歩きながら考え」、キェルケゴールは「散歩こそ自分の仕事」と考えた、と言う。

大地を踏しめ大地からの精気をボケ始めた我らの頭に流し込む。散歩こそが、我らの老いたる身の務めと言うもの。
同胞たちよ!
さぁ、歩こうではないか。
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